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  • 2014.12.26 Friday
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すごろく人生

1年半前に初めて参加した仕事がある。
自分の書いたものは本当にわずか、
だけどやっぱりやってよかったなと思う。

とくにその仕事で、
「小さな進歩」について考え続けたから、
ちょっとした成長を喜べるようになった。
(ような気がする)

書いたコピーは、
「ネットでつぶやくより会議で発言。」
「定型文でおわびしない。」
「ズボンじゃなくハンカチで手を拭く。」
とかそういう感じのもの。

たいせつなのは、
ひとつひとつ進んでいくこと。
サイコロの目が1だとしても、
それは着実に進んでいるんだから、
立派な「進歩」と呼べる。
マス目は日常のなかにたくさん。

シャワーを出しっぱなしにしない。
雨の日でもとりあえず出かけてみる。
CDはちゃんとCDケースに。
二度寝の誘惑に勝つ。
あたらしい帰り道のルートを発掘した。
オヤジギャグを拾ってあげる。
目薬が目に100発100中。
コンビニの店員さんにも「ありがとう」。
どんなに小さくても嘘はつかない。
満月に気づく。
具入りのみそしるを作れた。

なんだっていいんだと思う。




海童

夜の匂いを感じる瞬間が好きだ。

日は沈み、涼しくなった夜のとばり、
あんなに人がざわついていた街は静かになる。
夜から朝にかけて外に出てみると、
ほとんど人と会うこともない。
街を独り占めしているような気分になる。

たとえば夜行バスで行く旅の、
夜のサービスエリアなどもすごくいい。

僕の好きな海童のCMには、
そういう匂いを感じさせてくれる何かがある。

前に仲畑さんがコピー年鑑のなかで、
「僕らが缶コーヒーを飲む時は、
ただ飲んでいるのではなく、
共感する表現によって作られたイメージを
飲んでいるということなんですね。」
というようなコメントをしていたけど、
缶コーヒーに限らず、
飲料はイメージを飲んでいるのだと思う。

パッケージなり、ネーミングなり、
広告で作られた表現なり、
そのイメージを体内に取り込む感覚。

僕はお酒はあまり飲めないけど、
海童のイメージは体内に取り込みたくなった。
(飲むとなぜか全身が筋肉痛になる。。)

それは夜の匂いが好きだというのもあるし、
たまたま自分の専攻科目が「民俗学」で
CMのなかで言われているような色の信仰だったり、
「日本の固有信仰」みたいなものに興味があり、
その世界観に浸りたいというのもあって。
(「モノノ怪」というアニメ、おすすめです。)

いつか、こんなCMを作ってみたいと思った。



広告はソリューション

『ブランドは広告でつくれない』という本を読んでいます。
まだ触りしか読んでいないので、なんとも言えませんが、
出だしに書かれていたことが面白かったです。

「広告の目的はブランドを構築することではなく、防衛することにある。」
「おもにPRや第三者のお墨付きなど広告以外の手段によって
構築されたブランドを防衛することである。」

たしかにそうかも、と思いました。
まず広告をどう打っていくかというよりも、
PRなどでまず生活者に認知してもらった上で、
それを広告で「人格設定」などをして広めてあげる。
認知されたイメージを、より強固なものにする。

今はもう広告が好かれない、とはよく聞きますが、
それは広告の役割をどう捉えるかで変わってくると思います。
まだまだ勉強不足なので、ここには踏み込めませんが、
たぶん小霜さんの仰っている「CA(SU)AL」という考え方の、
「C」の部分が、この広告を打つ前段階の話なのではと思いました。

そして、さらにタメになった話があります。
「コミュニケーションの手法がその機能性を失うと、アートになる。」
というようなことが書かれていていました。ハッとしました。
短歌などもそうですよね。昔は意思疎通の道具だったはずですが、
次第にその領域を超えて、「楽しむもの」になってきた。
また、コミュニケーションに限らず、日本刀なども機能を終えて、
今や飾り物と化していますし、ロウソクもそうで、
本来の「照らす」という機能が、電気によって力を薄めると、
なぜだか芸術性を帯びてくるというわけです。

広告は、面白いだけじゃ購買に結びつかない。
それは、広告がアート化しているからだと思います。
小霜さんの本に書いてあったことも含めて言えば、
「面白い」ということが「商品」の上に立ちすぎて、
「なんの広告だったっけ?」という具合に、
「選択的注視」が広告表現のみに注がれてしまうのです。
生活者は、あたかも広告をアートのように見てしまっている。

だけど、当然これではマズいということですね。
実用的機能から、アートへ移行させてしまってはいけない。
広告表現は、商品を担ぎ上げるものでないと。
クライアントの課題を解決し、救ってあげるものでないと。
小霜さんからそれを教わり、強く心に残ったので、僕は、
「売れなくたって、賞を獲れたり人の心を楽しませられたなら、
それでイイんじゃない?」というのでは良くないと思うのです。

去年までの僕は、そこが全然考えられていませんでした。
広告ってなんか人を楽しませたり、街を彩ったりできて、
キラキラしてるのが楽しいし、自分もそれをやりたいと。

人を楽しませる、驚かせる、気持ちよくさせるというのは、広告の前提。
ではありますが、その前提だけでストップしてたらダメですよね。
楽しませることは「前提」でなく「二次価値」とも捉えられますが、
一次価値のない二次価値はアートに過ぎずに、
もはや広告ですらないような気がします。

だから、「広告で人を楽しませたい!」だとか、
「賞を獲ってのし上がりたいぜ!」だけしかなかった昔の自分に、
「しょーもな」という言葉を贈りたいと思いました。

今は、「広告はソリューション」だと考えています。
いかにクライアントの抱える問題を解決できるのか。
これもすべて、np.や小霜さんの言葉に教わったこと。
多くを教えていただいて、本当に感謝しています。
ずっと勘違いしたままだったかもしれないから。

もちろん、まだまだはじまったばかり。
これから徐々に、広告戦略の理論と、実践力、発想力を鍛え、
少しでも世の役に立つ人間になれたらと願います。



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